若い世代の右傾化・・が言われます。私は団塊の世代ですが所謂「民主主義教育」は結局“成功しなかった”という事なのかもしれません。「若者研究プロジェクト」を立ち上げなければ・・と言うのですが、良好な反応はないようです。ここで大きく戦後教育を考えてみたいと思ったのですが・・むしろ最近(と言っても5年前)の状況を見てみたいと思います。

事例1

 生徒が変わった・・と思った最初の出来事はトイレでタバコを吸っているのを発見して・・つまり煙が出ているのを発見して、目の前に火のついたタバコが落ちているのに・・これは俺のではない・・と言い張る生徒が現れたことでした。それまでは「悪い事をしたら正直に話した方が良い」という暗黙のルール(美意識)が生徒にはあったのですが・・そうした美意識がないという事に驚きました。仲間集団があってそれなりの美意識・規範があったのに・・いつころからかそうした集団規範が無くなって、目の前の煙の出ているタバコをただ見つめるだけの関係になってしまったのでしょう。

事例2

 今思いついたのだが生徒会役員の「政治塾発想」化・・・つまり小池塾を受講して政治家への道を開きたい・・・それににた発想が生徒にあるのだろう・・と「言葉化」して見ました。今、大人の世界で「松下政経塾」出の人が微妙な立ち居振る舞いをしているわけですが・・・青年期の世界でもそうなのかも知れない・・と今書いてみて・・戸惑っています。(つまり、公私で言えば 私の優先・・)

 <個人利益が先にあって・・その後に仕事・課題可決がある>という事、生徒の表現で言えば「下心」は前提・・という現実主義があるのかもしれません。 

*文化祭は1人の学生につき2名までしか呼ばない。チケット制。中学生は誰でも入れるが高校生はチケットがないと入れない(口コミから)

 ある時生徒会が「チケット制廃止」を打ち出しました。団塊世代の管理職が・・自由はいいことだ・・という一般論でそれを認める発言し強行しました。私は「反対」しました。“寝た子を起こす”ことを危惧したからです。(主義・意見の問題ではなく力関係として)・・簡単に言ってしまえば運動部の顧問にとって選手が練習に集中しなくなり、さらにグランド・体育館が使えない事になり、さらに警備という下積みの仕事が回ってくることは耐えられないことなのでしょう。

 案の定、そのチケット廃止の翌年「文化祭公開禁止」という意見が職員会議で多数を占めることになりました。「ヤクザまがいの人間が入ってきた・・我々は用心棒ではない」と言うことでした。紛糾し、管理職預かりということに・・・

 びっくりしたのは「チケット制廃止」を打ち出したはずの生徒会メンバーが「非公開」を受け入れたことです。私が「役員になるまでは生徒の要望を実現すると思っていたのでは」と言いましたが・・その答えは「その時と立場は違います。学校の決定に従います」・・・何だろうこれは?この権力への弱さは? 結局生徒会からの公開要求の動きはなく・・教師主導で「文化祭の公開」を持続させる事になった・・のですが・・・

 *この二つの事例から導かれるのは「私人化と過剰適応」と言うことで、若者は正義感を持ち社会の不正を許さないもの・・というのとはかなり異なった状況にあるように思います。(共同体の崩壊と私人化)

 事例3

 真面目な子たちに「右傾化」が見られます。私はフェイスブックをやめて、こうした誰も見ないブログに待避したのは・・アクセスしてくる卒業生が、右翼的言辞をもてあそんでいて・・それでも私につながっているという状態に耐えられなかったからです。論争するわけでもなく、言いぱなし・・で、です。一人一人の顔が浮かびますが・・真面目という以外に共通した傾向は見えません。

 思い出したのは 70年代のはじめ、まだ学園紛争の余波が残っているころ・・生徒にポスターを作らせたのですが一様に「和」でした。新任の教師として驚いたのですが「和をもって尊しとなす」・・つまり争わない・・というのが彼らの常識であった・・というのが驚きでした。時は革新自治体の時代でしたから、それでも「和」と「平和」の間のニュアンスの違いは感じ取っていたようですが・・・30年後の今は・・「和」一辺倒のようです。

 

 打開策はあるのか?? わからないまま 今日はここまで。