地毛証明書

「地毛証明書」がネットで話題になっています。
自分として論立て出来ているわけではないが・・単純な批判・・に違和感があります。
「所詮、現場を知らない人の意見だ」という私の心の声があって、でもそう思う自分もまた情けない・・・と感じている自分がいます。

 地毛証明書・・それが「奇妙で」「人権を踏みにじっている」という感覚には同調しますが・・・ちょっと待て・・・と感じてしまうのは(元)教員の性なのかも知れません。

  以下 弁護士さんのブログ

> 生まれつき栗毛や縮毛の生徒はどの地域にも一定数存在するものであって、そのような生徒に対して黒髪を強要することは、不合理な差別であると言わざるを得ません
(○○弁護士)

 上の文は、解釈を間違っています。・・「地毛証明書」というのは「赤毛」の人はそのままで良い・・という証明で・・黒髪にしろではない。という点で完全な誤解なわけです。教師の本音は違う・・と推量するのでしょうが・・それは読み過ぎ・・というものです。

・・・・・・・・・・・
反発する人の気持ちがわかってきました。もしかしたら「ユダヤ人証明書」みたいな感じで受け止めているのかもしれません。証明書を出させて、「よい子」がみんな黒髪にしたら・・ある意味怖い・・かも知れません。赤毛の子が目立ってしまって・・後ろ指さされて、ひそひそ話がされる情景が浮かんできます。(戦前の日本では、赤毛の子はつらかった?)
・・・・・・・・・・・

 こういうブログがありました。

“自由”にすることで“人が育つ”教育

 教育現場で「地毛証明書」を提出させるほどシビアに取り締まり、黒髪でなければいけないと押し付ける必要があるのかどうかを問いかけたい。なぜなら、“禁止”から生徒を解き放つことで感性豊かであったり、勉強ができる人材が育っていく教育もあるからだ。そんな日本の学校を2校紹介したい。
 1校目は、都内トップの進学校である麻布学園には「校則」が一切ない。服装や髪の毛の色はすべて自由であり、茶色に留まらず髪色が赤や黄や青の生徒がいるのだとか。しかし、この高校は「自由な生き方」をさせるのが方針。「自由」に責任はもちろん伴う。つまり自由の中で社会とのバランスを“自分で考えて”行動することを委ねている。
 この校則なしで“自分で考える”力を育てている方針が麻布学園を東大合格者数4位の進学校にさせる1つの要素なのではないか。
そして2校目は、自由の森学園。その名の通り自由な学校で、「一人ひとりをかけがえのない“個”として育む教育」を掲げ、校則も定期試験もない。麻布学園のように「偏差値が高い」学校ではないが、クリエイティブな人材を多く輩出している。
・・・・・・・・・・・
 超エリート校の麻布を出しますか!・・・麻布の入試問題を見たことがあります。町の自転車店でスポーツタイプの自転車を見たが・・やはりイタリア製の自転車にかなわなかった。という内容でびっくりしました。入試や家庭環境のレベルが高すぎです。
  私は「自森」が好きで学校見学に何度も行きましたが・・これも別の意味で「エリート主義」です。
 以前日比谷高校に勤務していた先生がこういいました。「日比谷で驚いたのは、昼休みにヴァイオリンやチェロを持ち出して演奏を始めるんです。部活ではなく一般生徒がです。・・・“太鼓”じゃないですよ」
「“太鼓”じゃない」に驚きました。当時、太鼓を通して生徒に自信をつける。という取組がはやっていたころです。ソーラン節もですね。

 私は本来は「赤毛」でも「金髪」でもいいと思います。しかし、問題はそうして「学校が成り立つか」ということです。「腐ったミカンはない」という言葉が金八先生ではやりましたが、ああしたドラマが毎日の学校でおこっていたら・・普通学校は荒れ果ててしまうでしょうし、実際荒れ果てていました。

 ある学校で、生徒がバイク事故で死にました。モンキーバイクで飛ばしていて車に衝突しました。葬式をしました。赤毛、金髪の生徒が他校生も含めて大勢集まりました。集まった生徒たちの一部はコンビニの前でヤンキー座りをしてたむろしていました。そして夜学校に入って、ベランダに 大量のタバコの吸い殻と落書きを残して行きました。彼らなりの葬式だったのでしょう。書き始めたのですが・・こうした話題は難しいです。いろんな心理が輻輳するからでしょう。人なつこい生徒でした。が、亡くなると「殉教者」になってしまいます。「オートバイに捧げた、青春・人生」というストーリー(神話)が生まれます。・・・今考えると、この頃から格差・貧困が強まったのでしょう。片親家庭や両親とも非正規という家庭が目立ち始めました。学校文化を受け入れない親が少なくない。
 その亡くなった生徒の親は葬儀で言いました。「若いんだからオートバイに乗って何が悪い。それも若さというもの」・・・多分教師もそれに共感すべき?だったのでしょう。校則に反して・・・というニュアンスの言葉を言う教員もいて、生徒の反感をかっていました。

 地毛証明書・・・哀れな方策です。 でも「自由な校風」と言う評判がたつと、金髪・赤毛の生徒が集まってきます。何が生まれるか・・・仲間さんの「ごくせん」みたいな教室が出現します。バックにヤクザさんのいるヤンクミならいいですが・・普通の教師では対応出来ないし・・一話完結的に考えを変えるはずもありません。地域には金髪生徒に目をつけている「組」関係者がいるわけです。

この辺で中断します。